今年も新宿駅西口で「忘年会」
私にとって新宿は、大きな人生の転換期に必ず付いて回るエリアですが、西口には特別な思いがある
昭和35年4月茨城町を離れ東京で就職 勤務地が今の狛江市 当時は西多摩郡狛江町和泉・・でした
狛江駅は小田急線沿線にあり、上野動物園に行くにも新宿を経由する
歌舞伎町に行くのには、もちろん新宿駅を利用し東口から徒歩で15分
「新宿御苑」に行くには、南口を利用し徒歩で20分程度の道のりだった
その当時、一世を風靡したジャズ喫茶ACBも、南口を利用して10分位
昭和39年 東京オリンピックが開催され一気に東京 なかんずく新宿が大きな変貌を遂げる事になった
その後・現会社の前身である廣澤梱包興業株式会社は、中野区弥生町で産声を上げさせて頂きました
新宿駅西口の再開発を目の当たりにして来たと云う思いもあり人生の節目に「新宿駅西口」が存在する
昭和35年に新宿副都心構想がスタート 淀橋浄水場後がその中心地となり 今ある公園は元浄水場
京王プラザホテルが営業開始した昭和46年6月 私達が新婚旅行の前日に利用したのもこのホテルだ
昭和47年4月30日 結婚式や披露宴は実家で執り行ったわけだが、新婚初夜は京王プラザホテルで?
今もって新宿に出かけると、その当時の事が懐かしく思える
今も、4月30日前後には、京王プラザホテルに出向いている
場所や雰囲気は違うが、新宿の「割烹大黒」は、それらを
思い出させてくれる拠点として、特別な思いを感じている
その場所で、恒例になった忘年会を開催させて頂きました
総勢7名 会社を代表するメンバーでしたが今年の勢いを
来年に継続していきたいという 強い思いがありありでした
お店には、若いお客さんより壮年以上の方たちが多いようだ
雪乃さんが「お も て な し」の心を存分に発揮させている
これも、大黒の売りのひとつ そしてマネージャーの気配り
マスターも相変らず お元気 板長の笑顔も大変素晴らしい
今日のメニュ-は、鍋料理と云う事もありテーブルに出てくる料理は、チョット賑わいに欠けた感じでしたが
それに引き換え、お酒の量は普段よりも相当メーターが上がったって感じかな 特に節っちゃんが凄かった
帰りの車中 ほとんど目を閉じている感じ そして自宅に着いた途端 キュゥパタン ちょっと飲みすぎかな?
いずれにしても、新宿駅西口は東京のど真ん中 その歴史を見届けてきた50数年
これからも、自分の人生に重ね合わせつつ「新宿駅」を見続けて行きたいものです
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