東京オリンピック&ワクチン接種!!
「あのさ~急いで行かないと間に合わないから!!」「それは大変だ・・・」「急げ・・・!!」
お陰様で、第2回目の「ワクチン接種」を6月5日2:30~終える事が出来ました。
第1回目を5月15日2:30~北医療センターで行い「胸をなでおろした」と表現させて頂きました。その後「国策」として、東京・大阪はじめ大都市圏での接種会場を設け「7月中の接種(高齢者65歳以上の方)を完了させる」とのメッセージが発せられました。
それに伴い、地方自治体からも、次々と新規施策が発表されるなど、ワクチン接種が「国民の安心と安全」を守るためのエースと期待されております。
「マーちゃんとお母さんは、ここで待っててね!!」「2:30~だから3:00過ぎには帰って来るね?」
前回お世話になった時は、待合室がテント仕立てでしたが、今回はプレハブにリニューアルしたとか? 「とにかく、これから暑くなりますので・・・」「お年寄りが主ですからね~」「私達にとっては、とてもありがたい配慮ですね・・・」こんな会話をしながら順番を待った そして2:30~「お待たせしました 案内しますので・・・」兎に角手際よく事が進むのは前回と同じ、私的には何とか臨場感をと思い「すいません 接種の時に写真を撮って頂ければ・・・」「ブログで紹介したいので・・・」「わかりました こんな感じですかね・・・」
前回は、テントでの待合室や外観を主に紹介しましたが、今回はより具体的な場面を紹介させて頂きます。兎に角、皆さんに是非接種をして頂いて「パンデミックとの戦いに勝利する」
いわゆる「感染爆発」を収めるためには、人流を抑えることとワクチン接種と言われております。そのために、日本医師会や看護師協会や歯科医師会や職場の産業医の先生方にも協力を頂いて対応するとの事、その先には「2020東京オリンピック開催」を確実にすること。
私は、昭和39年10月10日に開催された「東京オリンピック」を経験しておりますが「平和の祭典」がテーマだった。戦後からの「蘇生の証し」として大いに盛り上がりました。
その当時、「東京五輪音頭 ♪はぁ~あ~あぁ~♪」を唄って、その日を待ち望んでおりました。
その当時を懐かしく思い出しております。
私は、令和3年2月25日会社を卒業しましたが、昭和35年東京に出てきて約60年~この度の「2020東京オリンピック」は、人生の総仕上~次のフェーズへのスタートの年として考えておりました。意味も分からず参加した1960年安保改定闘争?~国際電気を退社~廣澤梱包興業有限会社を設立~(株)P&Dヒロサワで55年~そして卒業「・・・ありがとう 感謝です」
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